2008年4月27日日曜日

salesforce.com の CEO

先日、Google とのグローバルアライアンスを発表した salesforce.com のマーク・ベニオフ氏。

非常に不思議な人物だ。黙って座っていると、少々くたびれた中年のおじさんだが、マイクを持って演壇に立つと、突然プリンスに変身、ものすごいオーラを出す。

発表会の映像が公開された。

2008年4月20日日曜日

The End of Software

ソフトウェアの終焉」とは、salesforce.com CEO Marc Benioff 氏の言葉だ。

1990年代の半ば、商用インターネットが開始されたかされないか位の時期、PC のアプリケーションが個人で買うにはあまりに高価だったので、図書館から本を借りるみたいにできたらいいのに、と考えたことがある。いまようやく Google Docs でそれが実現した。十年以上たたないと実現しなかったことになる。

企業も同じだろう。特に自前でハードウェアやソフトウェアをそろえるとなると、中小企業や個人事業主にとっては大きな負担だ。

人間の使う道具は、あまりに複雑になったり高価になったりすると、誰かがそれを避ける方法を考えて、ビジネスとしてやってくれる。乗合馬車も飛脚も、列車も大型客船も大型旅客機も、みなそうだ。

要するにテクノロジーの大衆化だ。さしずめ、salesforce.com は大衆化された IBM というところだろうか。

2008年4月13日日曜日

小笠原さんと院内さん

かかりつけの獣医さんの入院病棟を覗く機会ができた。

ピーターの下腹に潰瘍ができて、気づいたときは、大きな穴が開いていた。通院治療では手に負えないと思ったので、緊急入院することになった。体は大きく、声も大きく、いばりんぼうだが、実は気の小さなオス猫なので、毎朝面会に行くことになった。

入院病棟といったが、実は小さな小部屋で、作り付けの木のケージが横五列、縦二段、合計十個の病室が並んでいるだけのものだ。ピーターが一番はし、となりは去勢のため一晩だけの猫(入れ替わり立ち代りで、最初の日と次の日は白猫さん、三日目は長毛赤寅さん、四日目は空き部屋だった)、その横が、小笠原さん、またその横が院内さん、だ。

小笠原さんは、小笠原島で捕獲された猫だ。島の天然記念物の野鳥を狩るので、島内のすべての猫が捕獲され、東京都内の動物病院に割り当てられたのだそうだ。

小笠原さんは、若い真っ黒のオス猫だ。病気ではないので、野生の猫らしく、非常に活発で、あまり人間になれていない。それでも、ケージ生活でしかたなく人間との共存を考えているらしい。面会に行くと、私にも興味を示して、話しかけてくる。

院内さんは十三歳。虎ぶちのやさしいメス猫さんだ。子猫のときに獣医さん宅に養子に来たが、どうも心臓に欠陥があるらしく、ちょっと走っただけで、顔が真っ白になるのだそうだ。以来、病院生活をしている。愛想のいい猫だ。

この院内さんが小笠原さんを気に入ったらしい。

よく考えてみれば、入院する猫は、そうそういない。いても去勢、避妊のためで、長くて三日だ。病気入院でも一週間くらいで、それ以上長くなりそうな重病だと、別室の集中治療室に入院するので、院内さんとは顔をあわせない。

小笠原さんは、養子先が決まるまで、小笠原さんの横のケージ暮らしだろうし、子猫ではないので簡単に養子先は決まらないかもしれない。

小笠原さんに運良く養子先が見つかって、いなくなったら、院内さんはさぞさびしいだろう、と思う。

2008年4月6日日曜日

The Tuxedo Gang Hideout――白黒猫専用ブログ

とでも言うべきサイトがある。

http://tuxedoganghideout.blogspot.com/

ここは、
タキシードキャット、つまりタキシードを着たような風に見える白黒猫、
および黒・灰色、黒・白猫がたむろする場所、だそうだ。
アルコール厳禁です。

猫サンクチュアリ唯一の白黒猫になった(娘さんの小雪ちゃんは現在居所不明)雪ちゃんに参加してもらおうかな、と思っている。

2008年3月30日日曜日

猫の会話

三月の初めころ。

「今年の冬は寒かったねえ」
「いつになったら春が来るの?」
「さあ、きっと寄り道しているんだよ」

2008年3月9日日曜日

コミュニケーションの量と質――Quantity and Quality of Communication

双方向のインターネットツールは夢中になりやすい、が、当然、冷めやすい。

最初はメールだ。英語の勉強のため、と1週間に1回、文通した。これは相手が勤勉だったため、よく続いた。返事をもらえると、とてもうれしかった。"What do you mean?" "What do you want to say?" にもめげずめちゃくちゃな英語を書き続けた。

そのうち、相手がチャットに切り替えよう、と言い出した。相手のホームページの自前のチャットシステムを使い、1週間に1度、英語でチャットした。

メールとチャット、合計するともう約10年続いている。最近は、"What do you mean?" もめったに相手が言わなくなった。それでは、こちらの英語が上達したのかというと、実はそうでもない。相手がこちらのめちゃくちゃ英語を理解できるようになったからだ。

それはともかく、このコミュニケーションはすごい量だと思う。今では日本人の友人の誰よりも親しい。相手の家族のこと、ペットのこと、仕事のこと、健康状態、息子のガールフレンド、悩んでいること、なんでも知っている。

量が質に転換した、成功例だ。

mixi も最初は楽しかった。だが、友人を一人獲得した段階で、なんだか面倒になった。友人になった人の日記には、当然、他の人も書き込むわけで、気に入らない人も出てくる。1対1でコミュニケーションを深める、というわけには行かない。もしかして、これが mixi 的 SNS の欠点かもしれない、と思ったりする。

mixi に招待してくれた友人は、また、Hi5 という SNS にも招待してくれた。招待しっぱなしで本人はこの SNS では見かけたことがない。Hi5 は mixi に比べると単純なシステムだ。フレンドリクエストを出したり受けたりして、マイフレンドになると、無料イメージサイトの画像をプロフィールコメントとして送られてくる。テキストメッセージの方がまれだ。

Hi5での私の一番のマイフレンドは、フィジーに住む若い女性だ。既婚らしい。子供もいるようだ。彼女はマイフレンドになって以来1年以上、ほぼ毎日画像のコメントを送ってくれる。それに短いサンキュウメールを出し続けた。

Hi5もコミュニケーションの量を積むと質に転換しそうだ。もっとも相手が勤勉だという条件付きだが。
あるいは1対1でコミュニケーションし続けられる、というのが重要かもしれない。

2008年3月7日金曜日

ローカライズ――Localize

ヨーロッパ世界を中心に考えると、最初の文献のローカライズは、多分ヘブライ語の聖書が古代ギリシャ語に訳されたことだろうか。それともラテン語訳による聖書が先だろうか。

ルターがドイツ語訳を作ったことは有名だが、これもローカライズの一種だろう。聖書がローカライズされたということは、その地にキリスト教が広まっている、ということでもある。また、人々の生活のある種の部分がキリスト教化された、ということでもある。

ソフトウェアのローカライズも似ているなあ、と思ったりする今日、このごろ。Windows の日本語版とか、それで使う各種のアプリケーションの日本語版とか、単なるプログラムのローカライズにとどまらず、西欧的コンピュータ的思考に染まりつつある、私たちなのだ。

これって、どういうことだろうね。