というのかどうか、わからないけれど、今のところ東京タワーを毎朝見て通勤している。
生まれ育って故郷を出るまでの18年間、毎朝韓国岳を見てすごした。大学の6年間は桜島があった。
突然上京して何もない。富士山はいまや東京からは見えない。荒川や江戸川は、川なので地上を流れていて、すぐ近くまで行かないの見えない。心もとない日々だった。
東京タワーを見ながら通勤できるようになって、なんだか安心したのだ。赤と白のシンプルなデザインもいい。
遠いところからも見える高い山が、なぜ信仰の対象になるのか、わかったような気がする。何百年も何千年もたってもいつも変わらないもの、だからかもしれないし、物理的に背中を支えてくれるような錯覚を覚えるのかもしれないし…。
東京タワーが何百年も持つかどうか不安だが、とりあえず、変化の激しい東京にあっては、皇居の次くらいには変わらないものだ。
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